大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)587号 判決
原告 小島文右衛門
被告 株式会社松前屋
一、主 文
一、被告はその営業(昆布加工食料品の製造販売)に「松前屋」なる商号を使用してはならない。
二、被告は店舗屋上及び店頭の看板、日除けテント、額、表札その他の店内掲示物件中、「松前屋」なる商号記載部分、及び商品用容器箱、包装紙、レツテル、広告用挨拶状、宣伝用サービスマツチ箱中の「松前屋」の文字の記載部分を、夫々抹消せよ。
三、被告は大阪法務局登記番号第三三八五五号による株式会社松前屋なる商号登記の抹消登記手続を為せ。
四、被告は別紙記載の文言により朝日新聞全国版紙上に原告及び被告氏名商号部分のみ四号活字、その他六号活字を以て引続き三回広告文を掲載せよ。
五、原告その余の請求を棄却する。
六、訴訟費用は被告の負担とする。
一、事実
原告訴訟代理人は主文第一、三、六項と同旨及び、第二項として、「被告は看板、日よけテント其他掲示物中、松前屋なる商号の記載ある部分を抹消し容器、箱、包装紙、レツテル広告用挨拶状及び宣伝用サービスマツチ箱其の他の物件中、松前屋なる商号の記載ある物件を廃棄せよ」、第四項として「被告は別紙記載の文言により株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞全国版紙上に四号活字を以て引続き三回広告文を掲載せよ」との判決並びに右第二項に限り担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告の先代小島文右衛門は明治三一年七月松前屋なる商号を登記し、次いでその家業を原告が継ぎ現在に至るまで引続き昆布の加工食料品の製造販売を業として来ているものであるが、そもそもこの松前屋なる商号は家業の昆布商と共に、その由来するところ極めて古く、今より約五〇〇年程以前、後亀山天皇の御代に同帝の御愛用として昆布加工品を上納し、御嘉納の余栄として、松前屋の屋号を賜はつたことにはじまり、爾来、この名誉と由緒ある屋号の下に、当時の原告の祖先文右衛門の名を代々襲名して、家業を守り、禁裏御所御用をつゞけ、更に引続き宮内省御用所として、近くは明治天皇及び大正天皇御大典の節等にも献上品の御嘉納を賜はる等、その製品は松前昆布又は松前屋昆布の名で夙に我国上流社会を中心として広く知られ、やがて、一般的需要の増加と共に全国的に信用と販路をきづいて来た次第で、かような伝統を背景に、他の追随を許さない文字通りの老舗の表彰として、取引上、一般大衆の間にも周知されて来たものである。
然るに、被告は、いつの頃からか(登記簿抄本により昭和二五年一月二〇日からと判明したが)、株式会社松前屋なる商号を以て原告と同一の昆布の加工食料品の製造販売業を営みはじめ、大阪市南区心斎橋筋の繁華街に店舗を構え、その屋上の大看板をはじめ、店頭の日除けテント、店内数カ所の額、表札等の掲示物にすべて、殊更に株式会社の表示を省いて、原告の商号と同一の「松前屋」と表示し、更に、各種商品の容器は勿論、包装紙、レツテル、広告用挨拶状、宣伝用サービスマツチ箱等に至るまでことごく単純に「松前屋」なる商号を使用し、原告と同種商品を販売し、顧客をして原告の営業と混同誤認せしめ、不正に販路を獲得するに至り、このため原告の販路は多大の妨害を受けるに至つた。右行為自体により被告の不正の目的は明白であるが、その後、原告は知人を介して使用差止めの交渉を申入れたが、被告は少しも反省の色がないばかりでなく、更に顧客に対し、京都の松前屋(原告)と同一である旨説明している事実をも探知した。
従つて、被告は不正の目的乃至不正競争の目的を以て原告の商号と同一又は類似の商号を使用し、又は原告の営業と誤認せしめる商号を使用し、且つこれにより原告の営業上の信用を甚しく害するに至つていること明かであるから、不正競争防止法及び商法第二〇条、第二一条によりこれが商号の使用差止め等と共に右信用回復に必要な処置として、謝罪広告の掲載を求めるため、本訴に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告がその主張の通りの商号登記を有する事実、被告が株式会社松前屋の登記せる商号の下に、原告主張の場所に於いて、昆布の加工食料品の製造販売等の営業を為していることは認めるが、その余の(原告自身に関する主張事実は不知)事実はこれを争う。
被告会社代表者松村アヤメの亡夫弁二郎は少年時代上阪、昆布屋に於て修業の上、大正四年大阪市西区立売堀北通に於て松前屋の商号を以て昆布の加工販売業を独立して始め大正六年被告会社の現在の本店所在地に進出し、爾来営業は発展を続け、昭和八年三月二七日株式会社を設立し、益々盛大に赴いたが昭和二〇年三月一三日戦災のため解散し、終戦後、営業を再開、松村勉(アヤメの長男)の名義を以て事実上、アヤメが経営の衝に当り、昭和二五年一月二〇日再び株式会社を設立し、今日に至つているもので創業以来四〇年、今や大阪名物、心斎橋筋の松前屋として名実ともに在阪第一の昆布商たるを誇り、この間一貫して松前屋の商号を使用して来たが、これは弁二郎が北海道に着想して原告とは別個に命名したことにはじまり、の商標(不二久の商標以下単に不二久と記載するはこれを意味する)と共に同人の独自の考案に基くもので、嘗て一度も他より苦情を聞いたこともなく、被告並びにアヤメ、弁二郎、勉において京都に松前屋の存することすら知らなかつた次第である。
すなはち、第一に、被告の商号は原告のそれと同一又は類似のものではない。被告の商号は株式会社松前屋であり、現に店内つき当りには株式会社松前屋と明記せる木製表札を掲げている。その営業、宣伝にあたり、単に松前屋と称する場合にも、専ら、大阪名物浪花名物、大阪心斎橋と附記して特定し、且つ本店が大阪にあることを示し、又登録商標たる不二久を以て被告を表わし、例えば、被告方店舗屋上の看板には、松前屋の外に不二久を表示し且つ、店内掲示物には大阪、又は心斎橋或は浪花のいずれかを必ず附記している外、更に、表札を以て「当店は出張販売等一切致」さず「最近当店名を利用し不良品を販売致しておりますから御注意願」う旨掲示警告して積極的に他と区別せんとする用意すら示しているのであつて、被告の商号自体、原告のそれと同一又は類似のものでないことは勿論、被告に原告の営業と混同誤認せしめんとする不正の意思なきことは云うまでもない。
而して、不正競争の目的とは、他の営業と故意に混同誤認せしめることにより、他人の顧客を奪おうとすることであり、その前提には、双方競業関係にあることが必要なるところ、本件原被告間には営業自体においても、同一乃至類似性はなく、実際上、混同するおそれは絶対にない。
概括的には昆布商と云う点に於いて一応同一営業の如く見えるが、その業態の実際において、原告は京都市の住宅街にあり、被告が大阪市の繁華街の中心にあると云う場所的相違に止らず、両者その営業に非常な差異があり、顧客の範囲をも異にしている。
即ち、原告は小人数の家族(原告夫婦、長男道之助その伯母)によりあくまで伝統の製法を守る閉鎖的、家内工業的方法により一部特殊人士の嗜好に投ずる高級品として少量を製造し又その製品も佃煮昆布の一種類(比呂女と称する)のみを主とし、従つてその営業方法も注文販売(通信販売)により特殊の人々に少量を極めて高価品として捌いているに反し、被告は一三名の従業員を擁する近代的企業の規模を有し、その製品も、その品質において敢えて原告に劣らないけれども、薄利を以て大衆の嗜好と要望に応え、故弁二郎の苦心発明に係る独特の数種を中心として極めて多種多様の品目を網羅し、一日数百名を下らない一般大衆を顧客とする店頭販売を主としている。
従つて、業態自体の差異から云つても、顧客の範囲も亦自ら確然と分れ、両者は本来、競業的立場にないのであるから、被告が原告の顧客を奪つた事実も又これを奪う余地も有り得ない。
以上いずれの点から云つても、被告は原告の営業と混同誤認せしめる意思なく、従つて、結局、不正競争の目的なきことは勿論であり、亦客観的にも混同誤認を生ずるおそれもないこと明かであるから原告の請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が明治三一年七月一九日昆布並びに乾物商として登記を経た「松前屋」の商号を有すること、被告が昭和二五年一月二〇日株式会社松前屋の商号登記を為し、右商号の下に大阪市南区心斎橋筋二丁目において昆布加工販売業を営むことは当事者間に争がない。
第一、成立に争なき甲第三号証(の一、二)乃至第一四号証、証人小島道之助の証言によりその成立を認め得る甲第一五乃至六四号証(但し郵便官署作成部分については夫々その成立に争ない)同第六五乃至六八号証と同証人の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告の使用する商号松前屋は約五〇〇年前、その祖先文右衛門が後亀山天皇の御代に昆布商として松前屋の屋号を賜わつたことにはじまり爾来代々文右衛門の名を襲名し、禁裏御所御用を、下つては又宮内省御用所を引続きつとめ、専ら昆布の各種加工食料品製造を業とする老舗として、夙に上流社会及び業者に周知されていたことに基き、明治大正以後次第に東京、大阪をはじめ、各地に一般需要者を獲得してその名声は全国的となるに至つたことを認めることが出来、更に証人松村勉の証言と被告会社代表者松村アヤメ本人の供述の各一部によれば、被告方に来店する顧客より時々京都の松前屋(原告)と同じかと質問されている事実が推認せられ、以上の事実によれば、原告の商号は被告を含む業者及び一般需要者の間に殊に京阪地区において広く認識されているものと認定出来る。右認定と抵触する証人岸本薫、同松村勉、同山口恒子の各証言部分被告代表者松村アヤメ本人の供述部分はいずれも措信できず、他にこれを左右すべき資料はない。
第二、原被告の商号の同一又は類似性の有無。
松前屋と株式会社松前屋とでは「株式会社」と云う部分を除けば全く同一であり、而して商号が類似しているか否かは専門家が眼前に置いて比較するのでなく、一般顧客から見て紛れ易いかどうかを標準とすべきであるところ、これらの二個の商号は「株式会社」の有無に拘らずそれから受ける記憶印象において、全体として容易に混同されるおそれあるものなることは明かであり従つて、その商号自体において両者類似のものと断ぜざるを得ない。
而して、被告はその店内の「株式会社松前屋」の表札一枚を除いては、すべて「株式会社」を省いてその商号を使用しているところ(被告提出援用の全立証によつても、他に「株式会社松前屋」の正式商号を使用していることを認め得ない)原告の商品及びその容器、包装紙の写真であることに争なき検乙第一〇乃至一六号証によれば、原告はその商品に「京都松前屋」「三一代松前屋」「御用所京都松前屋」「日本名物比呂女京都松前屋」と云う風に表示してその商号を使用しているに対し、成立に争なき乙第一乃至一〇号証、甲第六九号証の一乃至四によると、被告はその店舗入口の日除けテント及び店内正面の横額に単に「松前屋」と表示する外「不二久松前屋」「浪花名物不二久松前屋」等と掲示し、又商品用容器、包装紙、レツテル等に「大阪名物心斎橋松前屋」「松前昆布本舗松前屋」等と表示し「大阪名物老舗松前昆布」「名代の老舗浪速名物松前昆布」等の表示と共に使用していることが認められるが、右のような商号の実際的使用の面について見ると、客観的にはむしろ、一層混同誤認を生ずるおそれあることを免れない。けだし、各種企業の支店、営業所等の発達を見ている京阪神地区において、京都若くは大阪等の場所的相違によつて、世人の印象に企業主体の区別を期待することは(例えば大阪三越、京都三越と云うが如く)殆ど問題とならないのが通例であるから、殊に(後述の通り)両者同一(又は類似)商品乃至営業を前提とする場合、右「松前屋」に京都と附加し、或は「不二久」の商標と共に大阪乃至浪花名物等と附加するとしても、夫れは「株式会社」を冠する場合に比較して、企業主体の別個独立性を表示する作用において更に一段と無力なものと云わざるを得ない。
従つて、右両商号は混同のおそれ多分にある類似商号なることを認めざるを得ない。
第三、原被告営業の同一性の有無。
成立に争なき甲第一号証、証人小島道之助の証言(一、二回)原告本人の供述並びに検証の結果を綜合すると、原告の営業は昆布及び乾物商として、殊に古くから、昆布の各種加工品の製造販売業を営んで来たもので、京都市の肩書地を店舗兼住居とし、その製品は、小数家族(原告夫婦、長男道之助、その伯母)の手により、伝統の製法を守つて、製造された佃煮昆布の数種(比呂女その他)を主として店頭に陳列し、その他は十数種の品目を注文に応じ随時生産し、営業方法は主として、注文(通信)販売により、(その売上高月額二〇〇、〇〇〇円以下)、現在、年に一、二度京都、高島屋、東京三越、白木屋に出品する外、出店など一切有せず。
而して、一方、成立に争なき甲第二号証、前掲検乙第五乃至九号証と、証人松村勉、同横山岩吉、同岸本薫の各証言及び被告会社代表者松村アヤメ本人の供述によると、被告会社は海産食料品、水産食料品の販売及びこれに附帯する業務一切を営業目的とするもので、実際には専ら昆布加工品の製造販売を営み(この点は当事者間争なし)、而して、右昆布加工販売業は、その前身として、松村アヤメの亡夫弁二郎が大正四年松前屋の商号で大阪市において昆布商を開業し、大正六年、現在地に移つたことにはじまり、昭和八年三月株式会社松前屋を設立、昭和二〇年三月戦災により一旦解散したものなること、現在、社長以下七名の従業員を擁し、塩昆布十数種の外、各種昆布加工品を網羅陳列し一日数百名の顧客を迎えて(原告より一般に廉価にて)店頭販売を中心として営業し、(但し注文販売も全体の(三分の一)に達する)その売上高年額金三〇、〇〇〇、〇〇〇円以上に達し、商店街の中心に位置することと相俟つて、営業の規模、宣伝ともに現在、原告のそれをはるかにしのぐものなることを、認めることが出来る。
而して、以上の認定は他にこれを左右すべき証拠はない。
右認定の事実に徴し、双方の営業を比較するに、その現実の営業品目の詳細に於いて、又その業態の細部に於いて、多少の異同のあることを免れない。
但し、その営業の実際に於いて見ても、現在における営業規模の大小を除けば、その主要部分は共通していること明かであり、従つて、その相違の程度たるや各営業の対象たる顧客の範囲を全然別個ならしめるものとは到底認められない。
しかして、商号権保護の前提として、営業の同一性を考える場合、両営業がその細部に亘つて、全面的に一致することは必要でなく、その企業目的にして同一であり且つ営業の主要部分が共通である以上、前述の如き異同に拘らず(そのため顧客の範囲に幾分のずれをきたすこととなると否とに拘らず)両者競業関係に立つこと明かであるから、企業主体混同の危険あるものと云わねばならない。
従つて、本件につき、右の如き異同及び営業規模の大小は、両者ひとしく昆布加工食料品の製造販売を営むものとして、同一営業なりとなすに何等の妨げとならない。
されば、営業の面から云つても、被告がその営業に、本件商号を使用することは原告の営業と混同を生ずるおそれ極めて大きいものと云わねばならない。
第四、而して、以上の事実に、更に、前掲(一)に認定の通りの、被告方に来店する顧客より時々被告は京都の松前屋と同じ店かとの質問を受けている事実を併せ考えると、被告はその類似商号の使用によつて原告の商品及び営業活動と混同誤認を生ぜしめていることを推認するに充分である。尚成立に争なき乙第二五号証(中川一雄著昆布の生産より消費まで)同第二六号証によると、その口絵写真説明記事中、被告会社は「徳川時代より七代続いた」昆布専門の小売店との記載あり、これは筆者が被告会社と原告の営業とを一部混同した結果であることを推測し得るから、これ亦間接に右認定を裏づける資料となすことができる。
而して、被告の以上認定の通りの類似商号使用行為は、これにより原告の営業活動等と混同誤認を生ぜしめる行為として、不正競争防止法第一条に所謂不正競争行為であり、原告はこれにより、営業上の利益を害されるおそれのある者なること明かであるから、この場合加害者たる被告の故意又は過失を要せずして、不正競争防止法第一条により、右行為の差止めを請求し得るものと解するを相当とする。
第五、不正競争の目的の有無について。
原告の商号及びその営業が業者及び一般需要者の間に広く知られており、被告がその商号を使用するに際し、原告の存在を知つていたと認められること、而も被告がその商号を使用することは原告のそれ及び営業活動と混同されるおそれ多分にあり、且つ現にこれと混同誤認の結果を生ぜしめていること前段認定の通りである。
更に、被告がその商号の使用に当つて、(店内における表札一枚の例外を除き)すべて、株式会社の部分を省き、単に「松前屋」として表示していること、その代り、大阪心斎橋又は浪花名物等を附加して不二久の商標と共に表示しているが、これは株式会社を冠して表示する場合に比較し、客観的に、原告の夫れと一層混同誤認のおそれある効果しかないこと、も亦前段認定の通りである。
但し、被告はその営業の本店が大阪にあることを表示する等他と混同をさけるべく特別の注意を為している旨主張するが、これに副う証人松村勉の証言、被告会社代表者本人の供述はたやすく措信できない。
むしろ、却つて、前掲乙第一乃至一〇号証、甲第六九号証の一乃至四、被告方店舗の写真なることに争なき、検乙第五乃至九号証によると、店舗入口の日除けテント及び店内正面の横書の額に単に「松前屋」とのみ表示し、店頭屋上看板に「不二久松前屋」と掲示している外、「老舗松前昆布」「大阪名物松前屋」「名代の老舗浪花名物松前昆布」「大阪心斎橋松前昆布本舗」「松前昆布本舗松前屋」等と表示することにより更に店内の「賜大正天皇天覧、摂政宮御買上光栄」の掲札等と相俟つて、要するにことごとく松前屋の由緒ある老舗であることを強調する効果をねらつているものと認めざるを得ない。
このことは「当店は出店、出張販売等一切致しておりません。最近当店名を利用し、不良品を販売致しておりますから御注意を願います」との表札に付ても結局同様のことが云える。
従つて、要するにこれによつて、間接に原告の営業との混同の可能性を助長することとなつているものと云うべきである。
而して、これらの事実は、次に認定の事実と相俟つて、被告会社が、殊更に株式会社の部分を省いて、松前屋の商号を使用することにより、原告の夫れとの混同を生ぜしめたものなることを推認するに足るものである。
その他、被告提出援用の全立証によつても、被告が特に原告との混同をさけるために注意をしたと云う点の証拠は存しない。更に、証人村上敏夫、同小島道之助(第二回)の各証言及び原告本人の供述によると、被告方店舗は京都の松前屋と同じかとの一顧客としての村上敏夫の質問に対し、松村アヤメがその店舗において、京都の松前屋と同一である旨説明した事実を認めることが出来、右認定に反する被告代表者松村アヤメ本人の供述は到底措信し得ない。
而して右事実を前段認定の諸事実に照らして考えると、被告はその商号を使用することにより一般顧客が原告の夫れ及び営業活動と混同誤認するであろうことを知悉し乍ら、原告の既登記商号の有する信用等を自己の営業に利用する意図を以て類似商号を使用したものであり、結局不正競争の目的のあつたものと認めるを相当とする。
従つて、被告は右商号の使用によつて、原告の商号専用権(乃至使用権)を害しているから、原告は商法第二〇条第二一条によつても亦、不正競争防止法第一条により得る外、被告の右商号使用の差止めを請求することが出来、且つその商号登記の抹消登記手続を求め得ること明かである。更に、被告がその店頭屋上の看板、店舗入口の日除けテント、店内正面の横額、木製表札、立札その他の掲示物件(甲第六九号証の二及び三)に夫々松前屋の商号の記載あること前認定の通りであるから、右物件中の松前屋の文字の抹消を求める部分は正当なること明かであり、又、被告が商品用各種容器、箱、包装紙、レツテル、広告用挨拶状(各種色つけを含む)、宣伝用サービスマツチ箱に夫々松前屋の商号を記載して営業上使用していることは、成立に争なき甲第六九号証の一乃至四、乙第一乃至一〇号証により明白であるところこれらの物件の廃棄を求める請求は、右物件中の松前屋の文字の削除を求める限度において、正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却する。
次に右類似商号の使用により被告の営業が原告の商品及び営業活動と混同誤認を生ぜしめていること、被告がその商品を原告の夫れより廉価に且つ大量に販売し、その営業規模に於いて原告をしのいでいること、前認定の通りである以上、被告の販売する商品の品質に於いて、原告の夫れに劣らないものであると否とに拘らず、これにより(他に特段の事情なき限り)原告の商号自体に事実上附着している営業上の名声、得意先関係、確保された販売機会等の無形価値に当然影響を与えたものと云うべきであるから、引いては結局、これによつて直接又は間接、原告の営業上の信用を害されたものと認めるが相当である。
従つて、右信用回復の処置として、別紙文案の通り新聞紙上への謝罪広告の掲載を許すを相当と認められるが、但し、その使用活字の大きさは、現下の新聞紙の発行頁数及び掲載の趣旨及び効果に鑑み、原被告の各氏名商号の部分のみ四号活字、その他は六号活字によるを相当と認め、右限度において正当として、その請求を認容し、その余は失当として棄却すべきものである。
よつて、本訴請求は、被告会社に対し、
(一) 不正競争防止法第一条、(商法第二〇条、第二一条)により、その営業に関し、松前屋なる商号の使用差止めを求める部分(全部)
(二) 不正競争防止法第一条(商法第二〇条、第二一条)により看板、日除けテント、その他の掲示物件、及び包装紙、レツテル、等の記載中「松前屋」の文字の削除を求める部分(一部)
(三) 商法第二〇条により大阪法務局登記番号第三三八五五号の株式会社松前屋なる商号登記の抹消登記手続を求める部分(全部)
(四) 不正競争防止法第一条の二、第二項により別紙文言により朝日新聞全国版紙上に、原告及び被告の氏名商号部分のみ四号活字、その他六号活字を以て、引続き三回広告文を掲載することを求める部分(一部)
は正当として認容し、その余は失当として棄却し、尚仮執行の宣言を求めている部分については、これを付するを相当でないと認め却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条(第九二条但書)に則り主文の通り判決する。
(裁判官 西村哲夫)
謝罪広告
原告京都市中京区釜座通丸太町下る桝屋町一六一番地松前屋こと小島文右衛門、被告大阪市南区心斎橋筋二丁目四五番地株式会社松前屋間の大阪地方裁判所昭和二七年(ワ)第五八七号商号使用差止等請求訴訟に於いて、右被告松前屋は敗訴の結果従来より使用して来た「松前屋」なる商号は其の使用を差止められましたので、右広告掲載致しますと同時に松前屋こと小島文右衛門氏に対し茲に深甚の謝意を表します。
昭和 年 月 日
大阪市南区心斎橋筋二丁目四五番地
元株式会社 松前屋